タイトル

浄(じょう)霊(れい)について

写真 浄(じょう)霊(れい)とは「霊(れい)を浄(きよ)める」と云う事です。「天父之(てんちちの)霊(みたま)」である「伊都能売(いづのめ)神(しん)魂(こん)」を拝受した神人(しんじん)(資格者)によって、掌(てのひら)から神の光を放射していく神の業(わざ)です。浄(じょう)霊(れい)は「神(かみ)は霊(れい)、人(ひと)は体(たい)」の霊(れい)と体(たい)が結ばれて、神力(しんりき)を揮(ふる)わさせて頂けます 人間に対する恩返しは物やお金によって出来ますが、神(か)霊(み)に対し、又己(おのれ)生んで頂いた先祖に対する恩返しは、物やお金では出来ません。

心の世界(霊界(れいかい))が暗闇(くらやみ)(病(やみ))に成っている先祖を浄霊の光によって、光明(こうみょう)世界(せかい)へ導く事が本当の恩返しです。その恩返しの方法が浄(じょう)霊(れい)の実践(しっせん)実行(じっこう)であり、感謝(かんしゃ)報恩(ほうおん)の姿です。先ず神人である浄霊取次者の心が光明世界になってこそ、先祖の代表者として、世人を救っていく事が出来るのです。

金(きん)明霊(めいれい)覚(かく)(霊視(れいし)・神(しん)言(げん)・審(さ)神(にわ))について

「審(さ)神(にわ)」とは、神(かみ)を審(つまび)らかにすると云う事です。即ち「霊視(れいし)・神(しん)言(げん)・審(さ)神(にわ)」の三つを総称して『金(きん)明霊(めいれい)覚(かく)』と云い、この金(きん)明霊(めいれい)覚(かく)を通して「全智(ぜんち)全能(ぜんのう)の神(か)霊(み)」の神(み)心(こころ)を神(しん)智(ち)・妙(みょう)智(ち)で繙(ひもと)く事が出来るのであり、金(きん)明霊(めいれい)覚(かく)を夲(もと)にして現わした神(か)霊(み)でないと真実(まこと)の神(か)霊(み)ではないのです。「霊視(れいし)・神(しん)言(げん)」を身魂(みたま)の糧(かて)として己(おのれ)を審(さ)神(にわ)し、改(かい)神(しん)・改心(かいしん)・改(かい)身(しん)に繋(つな)げ、審(さ)神者(にわしゃ)として向上していかねばなりません。